「医療システムを変える」という大きなうねりは、もうだれにも止められません。その理由は、すごく簡単です。九七年に打ち出された医療抜本改革の詳細など知らなくても、ここ二〇年ほどで何らかの医療を受けた国民の多くが、もうちょっと何とかならないのかと、大なり小なり不満をもったのです。そして、それでも医療を受けなければならない状況が自分や家族や友人たちにはあって、イライラするようになってしまいました。その原因は、日本の医療システムがどこをどう切り取ってもあまりにも閉鎖的で一方的で、利用者である国民にわかる説明言語をもたない産業であることに尽きるのではないでしょうか。国民の健康を守るという使命のある特殊な産業であるのに、国にとっても国民にとっても、貢献しているという印象よりも、その大きな使命の上にあぐらをかいているというイメージのほうが定着してしまったのです。日本の医療システムを変えたいと切実に思っているのは、国民全体になりました。そして、財政的圧迫感と中・長期的な国家安定運営のため、早急に変えていきたいと思っているのが行政と経済界です。変わるのがこわい、どう変えたらいいのかわからないと迷っておられるのが、医療を提供する人びと、医療界の多くの方々です。なかには、十分に変わっていこうとする医療者も多く、TJEMAもたくさん知っています。しかし、九九年から二〇〇〇年にかけての日本医師会中枢の動向は、開いた口がふさがらないものでした。彼らのごり押しは、代表的なものだけでも、薬価制度改革の見送り、カルテ開示法制化の見送り、外米薬剤費の高齢者一部負担の免除などものすごいもので、医療抜本改革は骨抜きになり、二〇〇二年まで先送りされることになったのです。彼らに代表されて確定してしまった医療提供者側に対する国民の不信は激しく、その罪は計り知れないのではないでしょうか。