住まいとは

2011-10-13

住まいとは単に家族を入れる箱ではない。新しい住まいを手に入れようとするとき、人はそこに何かしらの夢を描くはずである。それはいうまでもなく家族を主人公とする夢だ。わたしは郊外の住宅地を歩いて、居心地の悪い思いをすることがある。ブロック塀に囲まれた敷地に肩を寄せあうように立ち並ぶ欧風住宅のなかには、一種の冗談を思わせるほど露悪なものもある。わたしはその出窓にかかったレースのカーテンを眺め、バルコニーのなかに丹誠をこめて栽培されたグリーンを目にするとき、どこか気恥ずかしさを感じ急いで通りすぎる。だが、ふとこう思うのだ。あれには言葉にならない切実で強い思いがこめられていたのかもしれない。それはいまだ実現されぬ家族の夢かもしれないし、二度と取り戻せない失われたものへの哀しみかもしれない。そんなに簡単に通りすぎてはいけないのではないか。広い出窓、バルコニー、屋根の模擬煙突。流行のデザインをほしがっているだけに見える浅薄な欲望のなかに、本人も気づかぬ深いところで別の何かがうごめいているような気がするのだ。それはひと言でいうと、家族をつなぎとめようという強い意志ではないか。だから、わたしは名のある建築家たちのように、ファッション化したかに見える住宅状況を「住思想の欠如」と一笑してしまうわけにはいかないのである。