病院では呼吸器内科を担当していたY氏はこれまでに多くの死に逝く人々を看取ってきた。肺癌患者が急増しているので、それにつれて死者の数も増えており、医者になって17年の間に300通以上の死亡診断書を書いてきた。「たぶんそのストレスが原因ですよ」と、心療内科医は同情してくれた。たしかに、常に末期癌患者を抱えていたY氏の神経は休日でも休まることはなかった。彼には中学3年と小学6年の2人の男の子がいるが、家族でどこかに出かけた経験はほとんどなかった。死期の近い不幸な患者のことが頭にあるかぎり、幸福な家庭の父の役はどうしても演じられなかったのである。Y氏だって人の子だから、明日を楽観してのんびりした気分にひたりたいと思ったこともあるが、そんなときには必ず患者が死んだ。年に40人前後、月に3、4人の死者を見送り続けていて、ある日、ぷつりと音を立ててY氏の心の中に張りつめていた糸が切れたのである。心の病気になってからY氏は病棟の勤務をはずしてもらい、外来と人間ドックの診療だけをしている。たいていは半日で家に帰り、狭い病院住宅の庭をぼんやりと眺めながら横になっている。すすきの穂が出るとやがて芝生が枯れ、そして雪。雪が解けると水仙が芽を出し、芝生が青くなり、つつじが咲き、ひまわりが青く澄んだ空に向かう。小さな庭の中でも四季は確実に、しかも意外な早さでめぐっていた。はじめのうちは早くよくならなくては、とあせってばかりいたY氏だったが、最近ではなるようにしかならないと思うようになった。むしろ、早くよくならなくては、とあせる気持ちが症状を悪化させることに気がついたからである。それは妻や子供たちもおなじで、元気だった父親の気弱な姿にもすっかり慣れた様子だった。妻は寝てばかりいるY氏を連れ出しては神社に厄払いのお参りに行く。Y氏にとってもそれはいい気分転換になり、深い森の大気を胸一杯に吸い込むと、心療内科医と話したあとのように少しだけ気分が楽になる。