実験で中心になるはずの出版界からは懐疑的な声も聞こえてきた。これまで電子出版にかかわってきた人びとのなかにも疑問を抱く人は少なくなかった。「新潮文庫の100冊」などの実験的なCDROMを出し、電子出版に意欲的な試みをしてきた新潮社は、実験に参加しなかった。「三〇〇dplから五〇〇dplの高解像度のディスプレイが出れば、状況は劇的に変わると思う。しかし、たかが電子書籍のために、特別な仕様の端末が成功するとはとうてい思えない」。新潮社メディア室の村瀬拓男氏(当時)は手厳しく語っていた。出版界全体の売り上げが大きなハードメーカー一社分、俗に「二兆円産業」と言われる出版業界だけで独自の端末をつくってもうまくいくはずがない、というわけだった。読書端末にしろパソコンにしろ、次々とバージョンアップされていく現状で、電子書籍がいますぐ安定的な商品になると考えるのは実際的ではないと村瀬氏は感じていた。そもそも目新しい装置を購入する層と本の読者層はオーバーラップしているのだろうか。経済的に十分な利益が出るぐらいの数だけ電子書籍の読者が現われるには、もう少し時問がかかるかもしれない。新潮社としては、デジタル化は一種の実験段階ととらえ、将来に備えて、幅広く転用しやすいプレーンテキストになるべく近いかたちでデジタルーデータを蓄えておくべきだという考えだった。
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